老人ホームの可能性

ほどほどの退職金、まあまあの貯金、価値の下がった不動産。
このOさんが定年を迎える年の正月から、O夫妻の悪戦苦闘が始まります。 老後はただの一回しか訪れない。

誰にとっても、かけ替えのない老後のはずである。 しかし、老後のための知識を十分に仕入れ、きちんと準備を済ませている人は、そう多くはない。
それなりの老後資金を蓄えてはいるだろうが、はたしてそれだけで足りるのかをしっかりと計算しないまま、「ま、なんとかなるだろう」と問題を先送りにしている人もいるのではないか。 O・Kの場合も、それは同じだった。
57歳で勤め先の「K工業」を退職することはあらかじめ織り込み済みで、そのあとは取引先のK製作所が身柄を引き取ってくれるものと思い込んでいたのである。 K製作所はK電機にプラスチックの成型部品や金型を一手に納める協力工場である。
オーナー経営者のK・Tとは、Oが長い間、資材部畑を歩んできた関係から、きわめて親しい間柄だった。 資材部参事役のOはいまはさしたる権限はないが、資材購買課長時代にはKにそれとなく便宜も図った。
Oへの個人的な親愛感に加え、錦邦電機との安定した取り引きも望んでいるのだろう。 「年収500万くらいは、保証させてもらいます」とKは言ってくれていたのである。

K製作所は川口市にあり、Oの住む目黒からそう遠くはない。 K製作所に引き取ってもらう以外にも、会社が決めた雇用延長制度に応じるという選択肢もあるにはあった。
しかし、これまで使ってきた年下の人間に逆に使われるのも気持ちの良いものではなかったし、年収も300万円以下に落ちてしまう。 あれこれ考えているうちに、雇用延長を申請する期限が過ぎてしまい、K製作所に世話になるほか道はなくなった。
Oの年収は、57歳までは1000万円を超えていたが、いまは総支給額が700万円。 所得税、住民税、社会保険料を差し引いて手取り給与は約540万円。
大分少なくなりはしたが、これでも住宅ローンを支払ったうえで、生活費はまかなえる。 のみならず、月3万円の小遣いも確保し、好きな釣りにも月一回は出かけ、ゴルフは年4回くらいはプレーできた。
Kの好意により、この生活基盤を崩さずに、第二の人生に滑り出すことができると踏んでいたのである。 それがふいになった。


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